2006年01月31日

官から民へでなくボランティアへ

「官から民へ。民間で出来ることは民間で」最近の政府、というか小泉さんが良く使う言葉だが、何かちょっと違和感を覚えないだろうか?
だって民は営利団体で、官は非営利団体である。なぜ営利団体の方が、税金の節約になるというのだろうか?
昔、ホリエモンがオン・ザ・エッヂを設立したころは、非営利団体、例えば生協や互助会は営利団体のものより「安い」というのが常識だった。だから、例えば「インターネットの常時接続環境を安く手に入れよう」と思ったら、「互助会を設立する」のが良い方法だった。

しかし、株式市場からの資金調達という錬金術により、「数年間赤字を垂れ流す」ことが許されるようになると、その立場は逆転した。みんなで資金を出し合うより、過当競争で赤字を出しながらサービスしつづける営利企業の方が「安く」なってしまったのだ。

その頃だろう、「民=安い 官=高コスト」というステレオタイプが定着したのは。
しかし、赤字企業の活動は、永続的なものではない。倒産やサービス停止をしてしまった会社も沢山ある一方で、労働法違反や証券取引法違反などの脱法に走る会社もある。

ただし、民は勝ち組みと負け組みがある。つまり「勝ち組の会社」であれば、「官よりも効率がいい」という可能性はたしかにある。しかし、基本的には、非営利団体の方が「営利」分だけ有利な筈である。だから営利団体と非営利団体で、価格の逆転現象がおきるのは、団体としては非営利であっても、労働者はボランティアではない。その人件費が官の方が高かったりすると、逆転現象がおきるのだ。

つまり、官から民への委譲でなく、公務員からボランティアへの委譲になれば、サービスはもっと安くなるのだ。

私は提案する。仕事もしくはボランティアに従事する国民全員に、生活保護費を支給することを。そして、失業中や、定年、毎日は働けない人などが、社会や地域に積極的に貢献してく手段として、公務ボランティアを推し進めることを。

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2006年01月30日

生活保護と年金

生活保護は、「健康で文化的な生活」に必要な費用を、足し算して決められている。
一方年金は、保険料との関係で決定される。このため、年金の方が生活保護より少ないという逆転現象がおきている。
また、劣悪な労働条件で働いている人も、さまざまな免除特典のある生活保護より「実質収入」が少なかったりする。


このため、
・年金未払いの方がトク
・働かない方がトク
と憤慨している人たちも多い。

2chでも、生活保護受給者を逆恨みするスレなんて過激なタイトルのものがあり、不正受給を糾弾している。しかし一方で「羨ましい」という気持ちも見え隠れする。

生活保護家庭の実質年収は、試算方法にもよるが、4人家族で500万だそうだ。これは税金や控除を逆算して求めた数値なので、この額がもらえるわけではない。しかし、健康で文化的な最低限度の生活をするには、4人家族で500万円の給料が必要だと計算されているというわけで、年金や最低賃金が放置されているのは、財源がないとはいえいかがなものかと思う。

最後に、生活保護を受けたい方は、以下の本を見てみると良い。
プチ生活保護のススメ






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2006年01月29日

虚業と士農工商

士農工商という言葉がある。どうやら最近の歴史の教科書には載っていないらしいので説明する。
士農工商とは江戸時代の身分制度で、当時

1.武士 (役人)
2.農民(第一次産業)
3.職人 (第二次産業)
4.商人 (第三次産業)

という序列があったが、明治政府によってこの制度は廃止された。

中学の先生の説明では「商人は何も生産せずに儲けている卑しい商売なので一番地位が低く、農民から年貢を取るため優越感をもたせようということで、商の上にした。」とのことだったが、今では、諸説あり
経済格差による封建制の導入
大江戸身分事情
歴史事実と歴史認識
に詳しいが、この身分制度が存在したか否か関わらず、現代でも「物を作らず右から左に流しているだけで利益を得る」=「鞘取り」よりも、「汗水流して働く」=「生産」の方が尊いという朱子学的な思想が強く残っているばかりか、お金自体「卑しい」ものという見方さえある。

さてIT世界ではどうだろう。実はITの世界でも、「お金」は卑しいものみなされていた。
例えば、ホリエモンがオン・ザ・エッヂを設立したころは、インターネットが多くの無償ボランティアの活動で作られている最中だった。その世界では、有償とか、営利という言葉は、NGで、物理的な機材や通信費などの為に非営利団体を作って、会費を集めたり、寄付を募ったりしていた。お金どころか、(直接的な広告でなくても)商売につながるような電子メールが流れただけで、大変問題視され大騒ぎになったくらいだ。

ところが、米国で「投資家が出資し、有能な若者(元ボランティア)が専従になる」ビジネスモデルが確立すると、起業ブームが起こった。

一応会社なので、投資を回収する方法を考えなければならないが、そんなのは最初から無い。
投資家は若者のプログラム能力に賭していただけで、若者はやりたいことをやっていただけだからだ。簡単に思いつくのは、広告なので、その機能も組み込んでみるものの、投資が回収できるぐらいの広告費が取れるのは、Yahooなどの超有名なポータルだけだった。
そのため、最終的にはほとんどがつぶれるのだが、うまくすれば(婆抜き)のように他人に売却して現金を手に入れることが出来た。そして、それが婆抜きになっていることに一般投資家が気づいたため、はじけたのが第一次ITバブル崩壊だった。




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2006年01月28日

労働者が1株株主

労働者が1株株主になっている例はいくつかあるようだ。

フジテレビと戦う松沢弘さん

沖電気と戦う田中哲郎さん

松沢弘さんは、労働組合を作って解雇されたのだけど、フジテレビの日枝会長も労組を作って左遷された経歴をもつ人なんだよね。

タブー視された労組を結成、「左遷」された
 
ただ、労組結成は「ボスが財界の首脳だから」とタブー視されていた。水野成夫(しげお)氏、鹿内(しかない)信隆氏ら当時の歴代社長は、経済団体の重鎮だった。

 それでも、女性の25歳定年制などに、「いまどき、こんなことが許されていいのか」と立ち上がった。報道部の記者だった66年、労組結成の中心メンバーになった。

 左翼運動は嫌いだった。通常の労組イメージを薄めようと心がけた。ストの時も腕章でなく、胸に花をさした。旗も青色にした。

 だが、会社側の締め付けは、きつかった。

中略

 「報道部員は組合に入るな」と労組員の記者は全員、配置転換。自分もすぐ、編成局に「左遷」された。

中枢の編成局長に抜擢(ばってき)されて、バラエティー路線に舵(かじ)を切った時も、幅広い体験が生きた。


このあと日枝さんは鹿内家を追い出している。まるで平家を追い出した源頼朝のよう。
この辺は閨閥に詳しいのだが、なぜか絶版。
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2006年01月27日

一夫多妻制と少子化

東大和市で事実上一夫多妻の男が捕まったそうだ。
 
「女性から籍を入れようと誘われた。多くの人と結婚したいが重婚はできないので、この方法しかない」
とのことで、さらに役所も
渋谷容疑者は逮捕前、「日本では認められていないが、実質的に一夫多妻制をしている」と説明。さらに「役所に相談したが、(結婚・離婚を繰り返すことは)『前例がないが、違法ではないので問題ない』と言われた」と話していた。

ここで「女性から結婚を求めた」という部分は意外な感じがする。だが、結婚制度自体は、女性を守るための制度だ。よく考えてみよう「することは全てしたのに、結婚から逃げている」男の話は多い。結婚したことを、「責任を取った」と説明する場合もある。

実は、一夫多妻制も、「女性の権利を守るための制度」である。同意を簡単に得られるとは思わないが、少なくとも、2番目以降の妻(≠本妻を目指す愛人、ではなくずーっと2番目以降の愛人)にとっては真実である。本妻にとっては微妙だが、それもその地位が完全な場合に限る。現実には、夫の浮気した際、300万程度な慰謝料をもらって別れるか、経済的なことを考えて我慢するかが多い。一方、一夫多妻制で本妻の場合、生活も地位も保障されることになっている。

もっと貧しい時代だと、一夫多妻制は所得再配分や少子化対策という面もあった。つまり、お金持ちに、より多くの負担をさせる仕組みとして、一夫多妻制は存在した。
よく結婚を、永久就職ということがあるが、会社制度が発達していない時代は、本当に「嫁ぐ」ことは就職だった。だから、その就職先が「どんなに裕福でも一人しか雇えない」という一夫一婦制だと、どんな男性にも最低限度の収入を保証しなければならなくなるが、当時の政府にそんな余裕は無かったのだ。

ちなみに、フランスは出生率が高いが、貢献しているのは、カルロスゴーンのような移民だそうだ。特に、出身国が一夫多妻制をとっていたりすると、複数の妻を引き連れて移民してきて、ものすごく子沢山とのこと。

本当は、
・出生率に民族的な偏りがあり
・現政権の出生率が低く
・異民族の出生率が高い場合
現政権にとってはとても脅威なはずで、イスラエルではパレスチナ人の出生率の高さが大問題になって、選挙区を恣意的にいじったりしているのに、フランス政府はずいぶんおおらかだと関心してしまう。
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2006年01月26日

成果主義とデイトレード

昔から新聞や評論家は、デイトレーダに批判的なのだが、ホリエモンの逮捕をきっかけにそのような記事が目立つようになって来た。

大体の記事の論調は、デイトレードはリスクが高く、一攫千金狙いのギャンブルであり、安易な金儲けよりも、堅実な努力をしてスキルを高めるべきという主張だ。

しかしながら、デイトレードは基本的に

・実はローリスク
・努力と継続が必要
・自分との精神的な戦いで
・成果主義(自己責任)

な世界である。もちろん、デイトレードで食えてない人も沢山いるとは思う。しかし、そういう人(単純に博打を打っているだけの人)がいるからといって、デイトレードが堅実でないとはいえないのだ。

昔と異なり、今はインターネットがある。「取引事務」が機械化できるので、その事務原価が安い。また、証券会社間の過当競争もあって、寺銭にあたる取引手数料はさまざまな賭け事のなかで極端に低い。このことが、デイトレードを堅実な商売へと変えたのだ。デイトレードを博打と見た場合

・寺銭が安い
・運の要素が少ない(情報力がものをいう)
・対面でない(純粋に理論だけで戦える)

という特徴がある。つまりきちんと勉強して、練習すれば、比較的簡単に博徒になれる世界なのだ。例えば、麻雀が強い人でも、ビギナーズラックの初心者に負けることもある。しかし、初心者(カモ)と丸一日やれば、かならずプラスになるはずである。デイトレードもそれと同じで、努力して「得意な銘柄」さえもてれば勝てるようになるのである。なお、デイトレードで一攫千金を狙うと、一回の負けで復活できなくなるので、それはお薦めしない。雑誌で報道されるような凄いリターンの人は、たまたま破産しなかった可能性が高いようなかけ方をしている。
あくあまでこつこつ、毎日、少しずつ稼ぐものという心構えが大切だ。

ホリエモンは、エッヂ時代、社長兼技術者だった。それも結構ちゃんとした技術者だった。もしかすると、その優秀さ故に、「技術はすぐ陳腐化し、換金性も高くない」ことに気づいてしまったのかもしれない。

そうなのだ、スキルは一生飯のタネになるものと、ITのように学ぶのは難しくても陳腐化が早いものがある。「陳腐化=リスク」だし、その技術は、換金(=労働力を提供して賃金をもらう)するのに、就職と上司の評価と2段階のハードルをクリアする必要がある。実力があれば評価されるって?そうかもしれない。しかし、相場なら評価される必要もない。あるのは結果のみだ。

「相場」にはいくつか理論があり、勉強出来る部分もある。そして、寺銭が低ければ、勝率は限りなく5割でよいのだ。この技術はたぶん一生使えるし、病気で動けなくなっても、バカにならない限り稼げ、育児や家事との両立もしやすい。

一方、サラリーマンは、いつ違法解雇されるかわからず、陳腐化の可能性の高い技術であっても、命令とあれば従事する必要があり、寺銭(売上げ-給料)も極端に高い。

一方、デイトレードは、1年に200日ぐらい相場を張って、6割ぐらいの勝率で勝てれば、派手な生活は出来ないかもしれないが、確実に暮らしていける。

どちらが、ありさんの生き方で、どちらがキリギスな生き方が、再度考えて見てほしい。



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2006年01月25日

成果主義と天下り

成果主義という言葉における「成果」とはなんだろう?
もし、会社に与える貢献度という意味なら、「天下り」は十分「成果」がある。

例えば、ホリエモンが、東京地検や高検のヤメ検弁護士を顧問にし、警察官僚だった亀井静香の同僚(警察OB)や、SECに顔が利く金融庁OBの天下りを受け入れていたら、今回の家宅捜査は受けただろうか?基本的に、儲かっている会社にとって、天下りは意味がある。その費用対効果は、保険的なため判りにくいが絶大なのだ。

しかし、一般的には「天下り」という言葉は、
・一日中なにもしない(成果をあげていない)
・高額な報酬を受けている
という趣旨で利用されることが多い。何もしてないように見えても、人脈という価値でみたら、トップ営業に匹敵する価値があったりするものだが、それは「成果」とはいえないらしい。

一方、100mを10秒でしか走れない人と、9秒9で走れる人の、成果を考えてみよう。
まず「速度」という視点だと、1%の差だ。この視点によると成果主義による報酬は、1%のあればよいことになる。しかし、商業価値はまったく違う。スピードよりもその順位に価値があるからだ。多くの場合、1位になった人以外は広告的な価値はほとんどない。

この2つの事例から類推されるのは、
・(見えやすい)「努力」に比例する報酬
・人より上位の結果を残している場合の報酬
という2つの尺度での評価を行おうというのが、「成果主義」といわれているものかもしれない。

そして、若手は成果主義によって「見えやすい努力をしていない中高年層」の給料分が自分達に配分されるのではないかと期待するが、
管理職は、成果の残せない部下が、自分の部署の成果を下げているのだと主張する。

カルロスゴーンは、誰もが不可能と思う目標を3つ上げ、「1つでも達成出来なければ、役員は総退陣する」と約束した。
日産リバイバルプラン
1) 2000年度に、連結当期利益の黒字化を達成
2) 2002年度に、連結売上高営業利益率4.5%以上を達成
3) 2002年度末までに、自動車事業の連結実質有利子負債を7000億円以下に削減
しかし他のリストラを断行した社長の多くは、成果が上がらなくても退陣しない。成果が上がらなくて退陣するのは、銀行などから迫られたときだけだ。



誰が一番能力があるか(=相続すべきは誰か)で争った為に弱体化した国は多い。

長子相続を不可侵のルールとして採用した王家が多いのは、成果主義による相続システムをとった国が弱体化して滅んだ成果なのだ。
あなたの会社が成果主義をとったら、そうならないといえるか、今一度考えてみてほしい。


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2006年01月24日

文武両道とハーバードMBA、エコール・ポリテクニック

日本で文武両道というと、「勉強もスポーツも平均より出来る」という意味で使われる。
しかしながら、元々は「文武二道」といい「仕事が出来るだけでなく、教養もある」という意味だった。つまり、「武」とは武士の仕事を指し、「文」は道徳的な教養を指していた。

今では、(古来の日本での)文武両道的なものの考え方は、むしろフランスやアメリカのエリート教育でしか見られなくなって来た。
欧米には、noblesse oblige(ノーブレス オブリージ)という考え方があり、王家は率先して兵役に行くし、特別待遇も無い。日本では、えらくなると残業がなくて、下っ端だけがあくせく働いている職場もあるが、向こうでは逆で、庶民は残業せずに、エリート層が死ぬほど働く。それがエリートに課せられた義務だという文化があるのだ。一方日本のサラリーマンCEOで、カルロスゴーンのように、朝7時から夜11時まで働く人間がどれだけいるだろうか?


カルロスゴーンが卒業したエコール・ポリテクニックは、フランス最高峰の理系学校なのだが、技術者としての勉強だけでなく、哲学、論理学、文学、経済学なども重視される。

また、ハーバードのMBAで、各教授が最後の講義で述べる内容は、啓蒙に満ちたものだ。
例えばこんな風に、「(あなたたちが)率いていくことになる会社には、清掃員もいるし、部課長や受付係りもいれば、重役もいる。こうした人々の力があってこそ、貴方の会社が、そしてあなた自身が発展し、利益を生むことができるのだ。あなたが名前も知らないこれらの人たちは、自分のための、会社のために一生懸命働いている。そして同時に、それぞれの家で待つ家族のためにも、働いたり犠牲を払ったりしているのだ。会社のリストラで従業員の解雇を考えなければならなくなったら、どうかこの話を思い出してほしい。あなたの決断で人生を変えられる従業員は、ただの数字ではない。皆、現実を生きている人間なのだ。」というようにだ。

エリートは、ペーパテストが出来るからエリートなのではないのだ。


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2006年01月23日

中高年男性の自殺と出生率

最近は、中高年男性の再就職はとても難しいらしい。
昔のように「条件を下げれば見つかる」というレベルではないようだ。
(年収200万でも落とされることがある。)
もしリストラされた中高年男性に、大学進学を控えた子供がいる場合

・住宅ローンの団体保険
・厚生遺族年金
・生命保険

の為に、とても強い自殺インセンティブがはたらく。(自殺するくらいなら、会社と戦えって?)

一方、フランスでは、出生率が高い。少子化で困っている日本からみたらうらやましい限りだが、これも厚い家族手当と教育費の無料化という、金銭インセンティブのおかげと言われている。

日本では、本来は生活防衛の為の(金銭的な)制度が、自殺を誘導し、フランスでは、婚外出生を誘導するような制度で、少子化防止している。どちらが大人で成熟した制度だと思いますか?

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2006年01月22日

会社は株主のもの

元フジテレビ労働組合書記長の日枝久と、ライブドアのホリエモンとの抗争で有名になった感のある「会社は株主のもの」という言葉。
このプレイヤー(流行語)の出現で、労働者vs会社という対立構造が、株主vs社長(役員会)vs労働者という、三つ巴な構造に変わりつつある。

面白いのは、公開会社なら、だれでも株主になれるということ。
だから、もし労働者の集団が大量に株を保有してしまえば、会社は株主(=労働者)のものになって、経営者をこき使う事も可能になるという点。
そして、労働者の権利を守りすぎて、会社が傾いても、株主でもあるので自己責任なのでしょうね。

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競争激化で全体主義と共産主義の時代が再来?

また日本が短絡的競争社会になりつつある。
「競争」といえば聞こえはいいが、実際には「違法度」の競争になっていないか?

競争入札にかかわった人ならわかると思うが、「談合無しで、入札」だと、普通は赤字でないと勝てない。「次の仕事との合算で黒字で考える」企業か、仕事がなくて困っている社長が、苦し紛れに応札した場合しか、勝てないのだ。
後者の場合、その金額でやっていくためには、労働法以下の条件で、働いてもらうしかない。

もちろん、いつの時代も「法律を守っていては商売にならない」という世界があるのはわかる。
しかし、昔は、そういう世界は暴力団が担当していて、それは逮捕と隣りあわせだった。暴力団に外注する人も、いろいろわかった上で取引をしていた。(暴力団はニートの就職先でもあった。)

今は違法の認識なく、非暴力団の人が違法行為を行う。例えば、今時「事前面接無しで、労働者を派遣」の原則を守っているところは15%しかない。

そして労働条件でなく、鉄筋にしわを寄せたのが、姉歯設計であり、ヒューザであり、木村建設だったのだろう。

かつて、自由主義により、大量の(違法競争の)敗者を生んだ結果、ナチスなどの全体主義や粛清系共産主義を生んだ歴史があったが、このままでは歴史は繰り返すことになるだろう。





posted by ポスト小泉チルドレン at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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